神戸市外大

映画監督を目ざしています。
目ざす以上は
映画でごはんを食べていきたい。

坂本憲翔 外国語学部 国際関係学科 2017年度入学/2020年度卒業

 いまは東京藝大の大学院で映画の制作について学んでいます。外大ではもともと音楽メディアのライターをやっていました。音楽が好きでR&Bやヒップホップを好んで聴いていました。音楽も好きだったけど映画も好きでした。高校時代に映画の好きな英語の先生がいて、その先生が神戸市外大を勧めてくれたので目ざす気になりました。
 神戸市外大には当時、丹生谷(にぶや)貴志教授といって、映画評論家としてとても名高い先生がいらっしゃいました。先生をはじめて知ったのは音楽雑誌です。ヌーベルバーグの巨匠ゴダールについて先生が書かれた文章がとにかく面白くてびっくりしました。名前を見たら…えっ?ニブヤタカシ?このひとひょっとして、神戸市外大の先生じゃん、と。
 はじめて授業に出たとき、そこでも衝撃を受けました。授業が本当に変わっているというか、レジュメがまったくなくって。例えばある日なんかは「西洋のアートは…」と切り出して、延々とそのことを話されるんですよ。なんだ、このひとは??とにかく、喋りつくす90分。これを授業と呼ぶのか?じぶんの知らない言葉の連続で、授業なのに何故か完全に敗北した気持ちになりました。
 その先生の研究室へ毎週金曜日にお邪魔して、さまざまな薫陶を受けました。映画のことはもちろん、学問や芸術全般についてたくさん教えていただきました。

自主的につくった映画が賞を受賞。

 カメラをはじめて買って、映画を撮ってみたくて仕方がなかったんです。カメラを使いたいなあと思っていた、そんなタイミングで知り合いから神戸のPR動画のコンペティション「BE KOBE FILM AWARD2020」という映画祭の存在を聞いたんです。映画ではなくてPR動画みたいなものなので、気軽にやってみようと思って取り組みました。どんなものにしようか考えるために、ある会社を取材させていただきました。そこで、その会社は女性の就業率の低さの改善に取り組んでいる会社だと知りました。それで女性を主役にしたものをつくろうと考えました。タイトルは「手紙」。田舎から神戸にやって来た女性が故郷の恋人に向かって、「仕事でツライこともあるけど頑張っているよ」という手紙を書く、そんなストーリーです。
 単純にPR動画なので社会が変わってきていることを意識させ、誰でも活躍できる背景があるまちであることに気づいてもらおうと思いました。それが“神戸に来てね”というメッセージになると、神戸のPRにつながるかな、と。

「BE KOBE FILM AWARD2020」で最優秀作品賞を受賞したショートムービー「手紙」のタイトルバック

BE KOBE FILM AWARD2020授賞式。
参加者の集合写真(最優秀作品賞を受賞)

丹生谷先生を知ったことで、表現の素晴らしさを知った。

 映画のつくり方を知らなかったし、機材のことなんかも何も知らなかったので大変でした。まわりに映画関係のひとがほとんどいないし、そもそも制作自体がとても困難なものでした。丹生谷先生から教えてもらった映画理論、丹生谷先生に紹介してもらった蓮實重彦先生の映画批評もたくさん読んで勉強しました。そこで紹介されている映画を見て、見て、見まくって、学んで行きました。機材などの情報もじぶんで仕入れて勉強しました。そうやって入念な準備をして、出演者はすべて友人にお願いして、いままで観てきた好きな映画をマネたりしながらなんとかやり遂げました。
 それまでは作品が一般の方にどのように評価されるのかがわかりづらかったけど、このPR動画をつくったことで「見たことがあるようで見たことがないものが面白い」と気づきました。丹生谷先生からも何かにつけて“映画は画面で語らなければならない。映画には美的な距離が必ずある。被写体と近づきすぎるな”というようなことを教えていただきました。よくも悪くも、このコンペティションで自信をつけたことが、東京藝大という夢のような場所を目ざすきっかけとなりました。

海外へ出ていって、同世代のモノづくりの仲間から、たくさんの刺激を受けた。

 神戸のクラブで出会った好きな音楽が共通する友人が、仕事をするためにロンドンへ行ったので、あるとき会いに行きました。そのひとはビジュアルデザイナーです。一緒に連れだってイーストロンドンでは展示会を見てまわったり、音楽を聴いたり、楽しく毎日を過ごしました。観光地にはまったく行きませんでした。そこで会うひとみんなが夢を追っていて、その姿はとても刺激的でした。
 他にもパリで服飾学校に通う友人もいます。そのひとは父の友人の娘さんです。パリで生まれ、行動も自由奔放で、考え方がパリのひとそのものなんです。その友人を見ていて思うのは、“ひとというか人間性は文化によって変わるんだな”ということです。アメリカの西海岸でヒップホップに浸りながら音楽をやっているひと、ニューヨークで3Dアニメーションを研究しているひとなど海外に多くの友人がいます。
 そのひとたちからは、「じぶんの中にある感情やイメージを表現することの素晴らしさ」を学びました。やっていることは違っても同世代で夢を追いかけているひとって根本は同じなので、ポジティブな影響をたくさん受けています。

2020年3月ロンドンにて。
スケートパークで音楽活動?モデル活動をしている友人と

2020年3月ロンドンにて。宿泊した宿でモデルの友人と

映画のフィールドへ出ていったことで知ったことは多い。
やるからには映画でごはんを食べていきたい。

 外大は良くも悪くも文系でかつ単科大学という狭いフィールドなので、世間一般というか同世代のひとたちからたくさんの刺激を受けるということは重要だと思います。それが、わたしの場合は同世代のモノづくりをしているひとたちでした。
 世の中にはまだ有名じゃないけど、多種多様な能力を持ったひとがいます。言語力や知識はあっても、想いをアクションに移せることが、わたしもまったくできていませんでした。それが、外大の学生に求められることではないでしょうか。外大で音楽メディアのライターをしながら映画を撮っていましたが、外大にはそういうひとはいなかったので外の専門的なフィールドのひとと交流していきました。そういう世界を知らずに狭いフィールドの中で戦っていたら、成長につながらなかったと思います。最初の段階で壁が立ちはだかっていたかもしれません。
 藝大入学前に自主映画を5本撮りました。そのうちの3本を藝大に見てもらって大学院に合格しました。音楽は趣味だったけど、映画はわたしにとっては趣味ではありません。映画をつくることで、じぶんの限界(ある意味じぶんはまだまだということ)を知ることができました。じぶんの世界観を色濃く出した短編よりも、だれもが分かる長尺の方が評価の高いことも知りました。一般のひとにちゃんと観てもらいながら、じぶんの世界観を出したもの、ちゃんとバランスのあるものをつくっていきたいですね。じぶんのやりたいことを出して観客がついてくるような、いつかはそんなレベルに到達したいです。そこへ行くためには、ちゃんと観てもらって共感されるものでないとダメですからね。

東京藝大の最終試験で提出した映画のスチール写真
(撮影場所:神戸市北区)

 じぶんが面白いと思うものと、世間一般が面白いと思うものには、やはりズレがあるものです。行き過ぎでないこと、お客さまのこころに届くものであることが大切です。じぶんのつくったものが、けっこう「見たことのないもの」と評価されることが多いので、それは自信に繋がります。自信は持ち続けたいです。そして、じぶんにも面白いところがあると知ったことで、謙虚になれて慢心がなくなったように感じています。“自信”と“慢心”、このふたつは大事です。まだわたしはペーペーだけど、そこのバランスをこの先も維持しないと社会では生きていけないと思っています。 余談ですが、いまのこの世界だって、バランス感覚を保っていないと大変なことになるのではないでしょうか。
 映画監督を目指したからには、映画でごはんを食べていけるようになりたいです。そして、カンヌで賞をとりたいです!“自信”と“慢心”のバランスを保ちながら。

東京藝大の学内コンペで最優秀企画賞を受賞した演劇と映画の融合企画『邂逅の肌触り』の撮影風景

東京藝大の学内コンペで最優秀企画賞を受賞した演劇と映画の融合企画『邂逅の肌触り』のクランクアップ時に撮影したスタッフ?キャストとの集合写真

外大という共同体の欠点を外から見ること。やっぱり、とにかく、外の世界へ!

 外大と藝大はぜんぜん違います。院の仲間はみんながとにかく映画が好き。でも、同じ趣味のひとなんかいない。みんなが違う。監督志望だけじゃなくカメラマンもいるけど、面白いとも面白くないとも言ってくれる。だから、楽しい。友だちであり、ライバルです。外大の中にいると、妙な安心感がありませんか。じぶんのいる共同体の欠点は外側から見ることで分かるのではないでしょうか。
 じぶんが所属している共同体はどこかで特殊なものと客観的に見るためにも、外(日本の外であり、共同体の外)へ出ることは大切です。やっぱり、とにかく外に出るべきだとしか言いようがないように思います。そこで、じぶんがまだまだということに気づいてほしい。日本という環境のダメな部分はココだと知るためには、外へ出ることだと思います。どんどん外に出て、じぶんのやりたいことを突き詰めてください。

東京藝大の入学式後に校舎前で撮影した記念写真

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